東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所

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  • 2026.06.01
  • 中村・岡田研究室

中性子捕捉治療が効きにくい腫瘍にも有効な薬剤を開発

 光ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、がん細胞に取り込まれたホウ素-10(10B)と人体への影響が少ない低エネルギー熱中性子の核反応を利用して、がん細胞のみを選択的に殺傷する治療法です(図1A)。BNCTは、正常組織への影響を抑えながら高いがん治療効果が期待できることから、近年、外科的手術や従来の放射線治療が困難な難治性がんや再発がんに対する新たな治療法として大きな期待が寄せられています。今回我々は、従来のBNCT用ホウ素薬剤と相補的な新規ホウ素薬剤GluBsを開発しました。以下のその詳細を紹介します[1]

Fig.1
図1. (A)ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の概要。(B)L型アミノ酸輸送体1(LAT1)を介して腫瘍細胞内に取り込まれるBNCT用ホウ素薬剤4-borono-L-phenylalanine(BPA)の概要。

 

 現在、臨床で使用されているBNCT用ホウ素薬剤は、4-borono-L-phenylalanine (BPA)のみであり、この薬剤はがん細胞で多く発現するL型アミノ酸輸送体1(LAT1)を介してがん細胞内に取り込まれます(図1B)。しかし、がん細胞の集合体である悪性腫瘍の中にはLAT1の発現量が少なく、BPAが十分に集積しないため、BNCTの効果が得られにくい「BPA耐性腫瘍」が存在することが問題となっています。そのため、BPAとは異なる仕組みでがん細胞へ取り込まれる新規ホウ素薬剤の開発が強く求められています。このような現状から、これまで私たちはがん細胞で高発現する様々なタンパク質を標的とした新規ホウ素薬剤の開発に取り組んできました[2,3]

今回私たちは、がん細胞で高発現するアミノ酸輸送体の1種であるアラニン-セリン-システイン輸送体2(ASCT2)に着目し、ASCT2を介してがん細胞へ選択的に取り込まれる新規低分子ホウ素薬剤GluBsを開発しました(図2A)。GluBsは、腫瘍微小環境下でASCT2を介して取り込みが促進されるアミノ酸であるグルタミンの構造を模倣して分子設計されています。各種評価の結果、GluBsはヒト細胞に対してほとんど毒性を示さず、高い安全性を有することが確認されました。さらに、LAT1の発現量が低くBPAが取り込まれにくい一方で、ASCT2を高発現するヒト神経膠芽腫由来U87MG細胞を用いて評価を行ったところ、GluBsはBPAよりも2倍以上多く取り込まれることが明らかになりました(図2B)。

Fig.2
図2. (A)アラニン-セリン-システイン輸送体2(ASCT2)を標的とした新規BNCT用ホウ素薬剤GluBsの概要。(B)LAT1低発現かつASCT2高発現のヒト神経膠芽腫由来U87MG細胞における、各ホウ素薬剤の細胞内取り込み量。

 続いて、GluBsの中から、安全性と腫瘍への集積性を総合的に評価した結果、最も有望であったGluB-2を選択し、以降の検討を進めました。マウス大腸がん由来CT26細胞を移植したマウスモデルにGluB-2を投与し、腫瘍へのホウ素集積量およびBNCT効果を評価しました。その結果、腹腔内投与および静脈投与のいずれにおいても、GluB-2はBPAを大きく上回る腫瘍内ホウ素濃度を示し、かつ優れたBNCT効果を発揮しました(図3A)。さらに、BPAが十分に集積しないヒト神経膠芽腫由来U87MG細胞を移植したBPA耐性腫瘍マウスモデルにおいても、GluB-2はBNCT実施に必要とされる腫瘍内ホウ素濃度(> 20 μg 10B/g)を達成し、かつ顕著なBNCT効果を示しました。この効果は、同量のBPA投与群と比較しても有意に高く、GluB-2がBPA耐性腫瘍に対して有効な新規BNCT用ホウ素薬剤となる可能性が示されました(図3B)。

Fig.2
図3. (A)マウス大腸がん由来CT26細胞移植マウスモデルにおける、投与方法ごとのGluB-2の腫瘍内集積量。(B)BPA耐性を示すヒト神経膠芽腫由来U87MG細胞移植マウスモデル(BPA耐性腫瘍モデル)における、GluB-2の腫瘍内集積量およびBNCT効果。

 本研究で開発したGluBsは、従来のBPAでは十分な治療効果が得られなかった腫瘍にも適用可能であり、BNCTの適応拡大につながることが期待されます。特に、治療選択肢が限られている難治性がんや再発がんに対して、新たな治療法を提供できる可能性があり、今後のBNCTおよびがん医療全体の発展に大きく貢献することが期待されます。

参考文献

[1] Miura, K.; Araki, T.; Morita, T.; Nishimura, K.; Okada, S.; Suzuki, M.; Nakamura, H. J. Control. Release 2026, 390, 114566. DOI: 10.1016/j.jconrel.2025.114566
[2] Kawai, K.; Nishimura, K.; Okada, S.; Sato, S.; Suzuki, M.; Takata, T.; Nakamura, H. Mol. Pharmaceutics 2020, 17, 3740- 3747. DOI: 10.1021/acs.molpharmaceut.0c00478
[3] Nishimura, K.; Kashiwagi, H.; Morita, T.; Fukuo, Y.; Okada, S.; Miura, K.; Matsumoto, Y.; Sugawara, Y.; Enomoto, T.; Suzuki, M.; Nakai, K.; Kawabata, S.; Nakamura, H. J. Control Release 2023, 360, 249-259. DOI: 10.1016/j.jconrel.2023.06.022

関連リンク
●Science Tokyo News:
中性子捕捉治療が効きにくい腫瘍にも有効な薬剤を開発
●中村・岡田研究室:https://syn.res.titech.ac.jp/

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